『天は赤い河のほとり』に登場する黒太子マッティワザ。とても存在感の強い人物です。
劇中ではミタンニ王国の王族。エジプト王妃ネフェルティティとなったタトゥーキアの弟として登場します。
このマッティワザにはモデルになった人物がいます。紀元前14世紀のミタンニ王国に実在したシャッティワザです。でも漫画のマッティワザと史実のシャッティワザが、そのまま同じ人物として描かれているわけではありません。
ここではまず『天は赤い河のほとり』のマッティワザを紹介。そのあとで、史実のシャッティワザがどのような人物だったのかを紹介します。
『天は赤い河のほとり』の黒太子マッティワザ
『天は赤い河のほとり』のマッティワザはミタンニ王国の王です。王の後継者王太子ですが、容赦ない戦い方で有名で、女子供でも容赦しない。戦いの後には戦車の轍に血がたまっていると恐れられています。そのため劇中では「血の黒太子」というあだ名がついていました。
マッティワザの父はミタンニのトゥシュラッタ王。
姉はタトゥーキア。タトゥーキアはミタンニからエジプトへ嫁ぎ、後にネフェルティティとなります。
冷酷な「血の黒太子」
マッティワザは長い黒髪を持ち黒い衣装を身につけています。見た目からして「黒太子」の名にふさわしい人物ですが、彼が恐れられている最大の理由は戦場での容赦のなさです。
敵に対して手加減するという考えがほとんどなく、戦車隊を率いて相手を徹底的に攻撃します。ヒッタイトにとっても非常に手強い敵でカイルたちと正面から戦えるだけの軍事力を持つ王太子として登場しました。
好戦的な王子なのですが、敵の力量を見抜く目も優れていて戦場を指揮する能力も高いのめ、ミタンニの軍事力を代表する存在になっています。
ユーリを捕らえて自分の側室にしようとする
ミタンニ軍がキッズワトナへ攻め込むと、マッティワザとユーリは関わるようになります。
ユーリがミタンニに捕らえられると、マッティワザはユーリに強い興味を持ち自分のものにしようとします。
彼にはすでに多くの側室がいましたが、その中でも特にお気に入りになったようです。自分に恐れず向かってくるユーリの強さや行動力にも引きつけられたのでしょう。
もちろんユーリはマッティワザに従うつもりはなく、捕らわれている間もヒッタイト側と連絡を取り、カイルのミタンニ侵攻を助けようとします。
姉タトゥーキアを忘れられない
冷酷なマッティワザですが、姉タトゥーキアを忘れられないというシスコン的な一面もあります。
タトゥーキアはミタンニ王女でマッティワザにとって最愛の姉でした。劇中では二人は姉弟以上の関係にあって互いに愛し合っていたことになっています。
ところがタトゥーキアはミタンニとエジプトの政略のため、黄金と引き換えにエジプト王アメンホテプ3世へ嫁がされました。その後、彼女はエジプトでネフェルティティと名乗り大きな権力を持つようになります。
マッティワザは権力に執着するようになった姉を知って失望していました。それでも姉への思いを捨てきれたわけではありません。
タトゥーキアが残した黒玻璃のイヤリングの片方を額飾りとして身につけ、彼女が暮らしていた「青鹿の間」には誰も入れませんでした。28人もの側室を持っていても正妃を決めなかったのは、タトゥーキアへの思いがあったからです。
王子を慕う側室ナディア
マッティワザの側室にナディアという人物がいます。ナディアはバビロニア王家の王女で、ナキア皇妃の妹です。
もともとは弱体化していたバビロニアをミタンニの侵略から守るため、父王の命令でマッティワザのもとへ嫁ぎました。ところが一緒に暮らすうちに、心からマッティワザを愛するようになったのです。
マッティワザの側室になったユーリに嫉妬してウルヒと協力してユーリを殺そうとしたこともありました。
ヒッタイトに敗れ、ミタンニを手放す
カイル率いるヒッタイト軍はユーリを奪い返すためミタンニへ攻め込みました。ヒッタイト軍はミタンニ領の都市を次々に攻略、ついにカイルとマッティワザが直接対決します。
追い詰められたマッティワザはユーリを人質にして退却しました。ところが退却する途中でヒッタイト兵の攻撃を受けます。その攻撃からマッティワザを守ったのが側室のナディアでした。ナディアは自分の体を盾にしてマッティワザをかばい負傷します。
マッティワザはそこでナディアが王太子という身分やミタンニの権力を求めて自分のそばにいたのではなく、本当に自分を愛していたことに気づきました。
そして戦いを続けることをやめてミタンニの領土をカイルに明け渡します。ユーリも解放して自分はナディアとともに彼女の故国バビロニアへ向かうことを決めました。
それまでのマッティワザは、姉タトゥーキアへの思いを捨てられず28人もの側室がいても正妃を置いていませんでした。しかし国を失いかけたとき、自分を命がけで守ったナディアの愛情をようやく受け入れたのです。
バビロニアへ亡命したあとミタンニ王になる
バビロニアへ逃れたマッティワザは、その後カイルから帰国を許されてミタンニを再建しました。そして王太子だったマッティワザは新しいミタンニの国王マッティワザ1世として即位しました。
再建されたミタンニは以前のようにヒッタイトと争うのではなく、ヒッタイトに従う国になっています。かつてはヒッタイト最大級の敵だったマッティワザが今度はカイルの味方になったのです。
エジプトとの最終決戦ではヒッタイト側として参戦
国王になったマッティワザは、ヒッタイトとエジプトの最終決戦にも加わりました。
戦車戦に優れたミタンニ軍は重要な戦力になり、かつてカイルと戦った「血の黒太子」が今度はヒッタイト軍とともにエジプトと戦うことになります。
マッティワザとナディアのその後
ナディアはその後もマッティワザのそばにいます。二人の間には第1王女と第2王子が生まれたとされています。
新ミタンニ王国にはマットゥアラというマッティワザの息子が王太子として登場。マットゥアラはカイルとユーリの結婚式にマッティワザの名代として出席していました。
タトゥーキアを忘れられず正妃を置かなかったマッティワザですが、国を失ったことをきっかけにナディアとの関係が変わり、新しいミタンニ王家へとつながっていくことになったのです。
史実のシャッティワザとはどんな人物?
漫画のマッティワザのモデルになったシャッティワザは紀元前14世紀に実在したミタンニ王です。
マッティワザ?シャッティワザ?どっちが本当?
『天は赤い河のほとり』では名前は「マッティワザ」となっていますが。「シャッティワザ」と表記されることが多いです。
どちらも同じ人物の名前なのですが、古代の楔形文字をどう読むのかについては諸説あり。クルティワザ、マッティワザ、シャッティワザなど、いくつもの読み方が提案されてきました。
『天は赤い河のほとり』で使われている「マッティワザ」という名前も実際の研究で使われてきた読み方です。が今は「シャッティワザ」と書く人が多いようです。
シャッティワザにはキリ・テシュプというフルリ語名もありました。シャッティワザは王としての名前かもしれません。シャッティワザという王名には「褒賞に到達した者」という意味があったとされています。
家族
父はミタンニ王トゥシュラッタ。シャッティワザ自身が結んだ条約にも、トゥシュラッタを「私の父」とする内容が残っています。
母は不明です。
姉妹にタドゥキパ。シャッティワザの姉妹にはタドゥキパがいますが。姉なのか妹なのかは不明です。タドゥキパはエジプト第18王朝のアメンホテプ4世と結婚しました。タドゥキパがエジプト側の記録でどの妃になるのかは諸説ありますが、第二妃のキヤか王妃ネフェルティティではないかと言われています。
タドゥキパは『天は赤い河のほとり』ではタトゥーキアと呼ばれ、ネフェルティティになったという設定です。
父トゥシュラッタの時代にミタンニが弱体化
シャッティワザの父トゥシュラッタが王だったころ、ミタンニは大きな危機を迎えていました。
西ではヒッタイト王シュッピルリウマ1世が勢力を広げ、ミタンニの支配下にあった北シリアへ進出。ヒッタイト軍はミタンニの勢力圏を次々と奪い、首都ワシュカンニにまで迫りました。
その後、トゥシュラッタは自分の息子の一人に殺されたと記録されています。
王が殺されたためにミタンニ王家では王位争いが起こります。シャッティワザもその争いに巻き込まれていきました。
シャッティワザは国を追われた
トゥシュラッタの死後、アルタタマ2世の息子シュッタルナ3世が王になりました。
このころ東ではアッシリアが勢力を強めています。シュッタルナ3世はアッシリアとの関係を深め、シャッティワザと対立しました。
『シャッティワザ条約』にはシャッティワザが命を狙われ、わずかな供を連れて国外へ逃れたことが記録されています。
王子だったシャッティワザは一度は自分の国を失ってしまったのです。
かつて敵だったヒッタイトを頼った
国外へ逃れたシャッティワザが助けを求めた相手は父トゥシュラッタと戦っていたヒッタイト王シュッピルリウマ1世でした。
シュッピルリウマ1世はシャッティワザを受け入れ、自分の娘と結婚させます。そしてシャッティワザを父の王座につけることを約束しました。
シャッティワザはヒッタイト王子ピヤッシリとともに軍を進め、ミタンニへ戻ります。その結果、シャッティワザはミタンニ王の座につきました。
父と戦った相手の力を借りなければ自分の国へ戻れなかったのです。当時のシャッティワザは、かなり苦しい立場にあったことが分かります。
ヒッタイトの支援を受けたミタンニ王になる
王位についたシャッティワザは、シュッピルリウマ1世との間で「シャッティワザ条約」を結びました。
この条約によってシャッティワザは王として認められます。しかし、以前のミタンニ王と同じような力を持てたわけではありません。
ミタンニが支配していたユーフラテス川より西の地域の多くは、ヒッタイト側の支配下に入りました。東からはアッシリアも進出しています。ミタンニの領土と影響力は、以前よりかなり小さくなっていました。
シャッティワザは王位を取り戻しました。でも、その王国は父トゥシュラッタの時代より弱くなっていたんですね。
シャッティワザの最期は分からない
シャッティワザの晩年については詳しい記録は残っていません。
次の時代にはシャットゥアラという王が登場します。しかし、シャッティワザからどのように王位が移ったのかも分かっていません。
その後、アッシリア王アダド・ニラリ1世はシャットゥアラを服属させたと記録しています。ミタンニは次第にアッシリアの勢力下へ入っていきました。
シャッティワザがいつ亡くなったのか。どのような最期を迎えたのか。現在残っている記録からは分かりません。
漫画のマッティワザと史実のシャッティワザの違い
| 項目 | 漫画のマッティワザ | 史実のシャッティワザ |
|---|---|---|
| 名前 | マッティワザ | シャッティワザ。マッティワザという読み方もある |
| 父 | トゥシュラッタ | トゥシュラッタ |
| タトゥーキアとの関係 | 姉弟 | 姉か妹 |
| ネフェルティティとの関係 | 姉タトゥーキアがネフェルティティ | タドゥキパ=ネフェルティティかどうかは不明 |
| あだ名 | 黒太子 | 不明 |
| 妻 | 正妃はなし、28人の側室 | シュッピルリウマ1世の娘 |
| 最期 | 漫画の物語として描かれる | 不明 |
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