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ロシア
エリザヴェータ・ペトロヴナ、豪華な宮殿が好きな浪費家のロシア女帝
エリザヴェータ・ペトロヴナはロマノフ朝ロシア帝国の第6代皇帝です。 エリザヴェータはやや太り気味でしたが、色白で美人だったといわれます。 ロマノフ朝ロシア帝国の伝説的な皇帝ピョートル1世の娘ということで国内での人気は高く。ロシア皇帝になりま... -
ロシア
エカテリーナ2世・夫を追放して権力を手にしたロシア帝国の女帝
エカテリーナ2世(フレデリーケ)は第8代ロシア皇帝にまでなった女性。 多くの愛人がいたため夫の死後「玉座の上の娼婦」「夫殺しの王位の簒奪者」と呼ばれました。 波乱の人生を歩んだエカテリーナ2世とはどんな人だったのでしょうか。 彼女の生涯を紹... -
3.オスマン帝国の皇女
ミフリマーフ皇女・大きな富と権力をもっていたスレイマン1世とヒュッレムの娘
ミフリーマフ・スルタンはオスマン帝国の皇女。 父スレイマン1世はオスマン帝国第10代皇帝。領土を拡張しオスマン帝国の全盛期を築いた皇帝です。 母ヒュッレムはオスマン帝国史上最も発言力のあった妃といわれます。 ミフリマーフはヒュッレムの影にかく... -
2.オスマン帝国の皇子
ムスタファ皇子:父スレイマン1世によって処刑された悲劇の皇子
ムスタファ皇子はオスマン帝国10代皇帝スレイマン1世の息子。 シェフザーデ・ムスタファともいいます。 ムスタファ皇子は兵や人々から人気があり、有力な王位継承者といわれました。でも謀反の疑いをかけられ皇帝の命令で処刑されてしまいます。 トルコド... -
6.オスマン帝国の人々
イブラヒム・パシャ:スレイマンに寵愛されて捨てられたオスマン帝国大宰相
パルガル・イブラヒム・パシャはオスマン帝国の大宰相。スレイマン1世時代に活躍した政治家です。 ギリシア出身で奴隷としてオスマン帝国に来ましたが、スレイマン1世と親密になり。大宰相にのぼりつめます。しかし最後はスレイマンの命令で処刑されました... -
5.ハレムの人々
ギュルフェム・ハトゥン、ハレムの管理人もしていたスレイマンの皇帝妃
ギュルフェム・ハトゥンはオスマン帝国皇帝スレイマン1世の2人目の愛妾。 スレイマンの妻とか皇帝妃と紹介されることがありますが、法的な結婚はしていません。ハレムの一員でした。カドゥン(Kadin)という地位にあって事実上の妻として扱われていたよ... -
3.オスマン帝国の皇女
ハティジェ・スルタン:オスマン帝国皇帝スレイマンの妹は未亡人
オスマン帝国外伝・愛と欲望のハレム(原題:Muhteşem Yüzyıl(壮麗なる世紀))に登場するハティジェはオスマン帝国の皇女。10代皇帝スレイマンの妹です。 ハティジェ・スルタンともいわれます。スルタンは皇帝と訳されることが多いですが、オスマン帝国... -
4.オスマン帝国の母后・妃
ハフサ・アイシェ、宮廷で大きな影響力を持っていたスレイマン1世の母后
ハフサ・アイシェはオスマン帝国の母后。皇帝スレイマンの母親です。 ハフサ・スルタンとも呼ばれます。スルタンは皇帝と訳されることが多いですが、本来は皇族の一員という意味です。そのため皇后や皇帝の子女にも使われました。そのため名前にスルタンと... -
5.ハレムの人々
マヒデブラン・ギュルバハル:息子を失った悲劇の皇帝妃
マヒデヴラン(Mahidevran)はオスマン帝国の第10代スルタン(皇帝)スレイマン1世の第1夫人です。 息子のムスタファが王位後継者の有力候補でしたが、陰謀に巻き込まれ命を失ってしまいます。 同じ時代には悪名高いヒュッレム=ロクセラーナがいてライ... -
4.オスマン帝国の母后・妃
ヒュッレム・ハセキ・スルタンはオスマン帝国で奴隷から皇后になった
ヒュッレム・ハセキ・スルタンはオスマン帝国の皇后です。 歴史上はヒュッレムと呼ばれますが、本名はアレクサンドラ・アナスタシア・リソフスカといいます。ヨーロッパではロクソラーナとよばれることも多いです。 ヨーロッパでは有名な人物ですが日本で...