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キョセム・スルタン|3度の摂政でオスマン帝国の権力を握った最も偉大な母后

オスマン帝国 1.オスマン帝国の皇族
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キョセム・スルタンはオスマン帝国の母后(皇帝の母)。

14代皇帝・アフメト1世の妃になり多くの子供を生みました。
息子のムラト4世が即位すると幼い皇帝のかわりに政治を行います。オスマン帝国史上初めて女性で摂政になり帝国の権力を握りました。

その後もオスマン帝国は混乱して何度か皇帝が代わりますが、キョセムは3回摂政になって権力を持ち続けました。

この時代、スレイマン1世が作り上げたオスマン帝国の勢いにも陰りが見え始めた時代。ハレムや大臣、兵士達の都合で若い皇帝が次々と入れ替わる混乱の時代でした。

そんな時代に権力を持ったのがキョセム・スルタンです。

オスマン帝国史上「最も偉大な母后」とよばれます。

史実のキョセム・スルタンを紹介します。

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キョセム・スルタンの史実

名称:キョセム・スルタン(Kösem Sultan)
国:オスマン帝国
地位:ハセキスルタン(最高位の妃)→ヴァリデスルタン(母后)
生年:1589年?
没年:1651年
父:不明
母:不明

夫:アフメト1世(Ahmed I)第14代皇帝
子供:
男子
ムラト4世(1612年-1640年) 第17代皇帝
シェザード・カシム(1614-1638)。ムラド4世によって処刑。
イブラヒム1世(1615年-1648年) 第18代皇帝
シェザード・スレイマン(1615-1635年) ムラド4世によって処刑。

女子
ファトマ・スルタン(1606-1667年?)
ハンザード・スルタン (1607? – 1650年)
アイシャ・スルタン(1608-1656?)
ゲヴヘルハン・スルタン(?-?)

本名は「アナスタシア」でティノス島のギリシャ正教の司祭の娘と言われます。でもこの説は確かではありません。他にもギリシャ系、ボスニア系、チェルケス系などの説があります。

子供のころボスニアのベイレルベイ(総督)に奴隷として購入されました。

1603年。13代皇帝 メフメト3世が死去。息子のアフメト1世が即位しました。

1604年1月。アフメト1世の祖母サフィエ・スルタンがトプカプ宮殿を追放されて旧宮殿(エスキ・サライ)に移動しました。

アフメト1世のハレムで力を持ったのはアフメト1世の母后ハンダン・スルタンです。アフメト1世は14歳で即位しました。母后ハンダン・スルタンが摂政になり政治に関わりました。

そのような時期にアナスタシアはトプカプ宮殿に送られました。15歳だったといわれます。

アフメト1世のお気に入りの側女になる

アナスタシアは母后ハンダン・スルタンに選ばれてアフメト1世の側女になりました。

アナスタシアはイスラム教に改宗してマフペイケル(Mahpeyker)という名前を与えられました。「美しい月」という意味です。

やがて側女たちのリーダー格になったのでアフメト1世によってキョセム(Kösem)の名が与えられました。直訳すると「闘う羊」、「群れの指導者」を意味します。

色白でブロンドの髪をもち美人だったキョセムはアフメト1世のお気に入りになりました。

1605年11月。母后ハンダン・スルタンが死去。

短い間にハレムの有力な指導者がいなくなりました。キョセムにとってはハレムでのし上がるチャンスでした。

キョセムはアフメト1世の寵愛を集め、4男4女を生みます。

1612年。アフメト1世はキョセムを怒らせた側女に罰を与えるように命令しました。この女性はアフメト1世の長男オスマンの母・マフィルズだったかもしれません。

キョセムはアフメト1世の弟ムスフタァ1世が処刑されないようにロビー活動していました。オスマン帝国では皇帝が即位すると兄弟を処刑するのが慣例になっていました。

キョセムはムスフタァ1世の母ハリメ・スルタンと親しかったと言われます。マフィルズは自分の子を次の皇帝にするためにムスタファ1世が邪魔でした。ハリメ・スルタンとマフィルズは仲が悪かったといいます。

またキョセムは自分の息子達が兄弟殺しにならないように努力していました。そこでアフメト1世の弟ムスフタァ1世も殺さないように働きかけ、前例を作ろうとしていたといわれます。

ヴェネチアの大使のシモン・コンタリニはキョセムのことをこのように報告しています。

「美しさと賢さを兼ね備えた女性で、さらに多くの才能を持ち、歌も上手で、そのため王から非常に愛され続けている。すべての人から尊敬されているわけではないが、いくつかの問題では耳を傾けられ、王のお気に入りであり、王は常に彼女をそばに置いておきたいと思っている」

1617年。アフメト1世が死去。

キョセムはムスフタァ1世の即位を望んでいました。マフィルズの息子・オスマンが即位すると、自分の息子が殺される可能性があったからです。でもムスフタァ1世にはそのつもりはありませんでした。でもキョセムと大臣たちによってムスフタァ1世が即位しました。

アフメト1世のあとを継いだのは弟のムスタファ1世でした。

息子の即位を目指して裏工作

キョセムは宮殿を出て旧宮殿に移り住みました。

ところがもともと精神を病んでいたムスタファ1世の治世は安定せず、96日で退位させられオスマン2世が即位しました。しかしオスマン2世の政治はイェニチェリに不人気で暗殺されてしまいます。皇帝が臣下に暗殺されるという前代未聞の出来事でした。

再びムスタファ1世が即位しました。でもやはりうまく政治ができません。

そこでキョセムは大臣たちと相談し、息子のムラト4世を次の皇帝にする約束を取り付けました。ムスタファ1世は再び退位させられ隔離。

母后になってハレムの権力を握る

1623年。息子のムラト4世が即位しました。

キョセムはトプカプ宮殿に戻ってきました。母后(ヴァリデスルタン)になってハレムで一番の権力を手に入れました。

でもムラト4世はまだ11歳です。政治をできるはずがありません。キョセムは摂政(naib-i-sultanat)に任命されました。公式に政治を行う権利を得たのです。

キョセムはカーテンの後ろから御前会議に出席しました。垂簾聴政を行ったのです。オスマン帝国史上初めて女性が公式な立場で国を動かしました。

キョセムは自分にとって都合の悪い者は罷免して、在任期間中に多くの政治家を交代させました。

1632年。常備騎兵達が大宰相の解雇を求めて反乱を起こしました。ムラト4世は絶好の機会ととらえ、イェニチェリ達を味方にして騎兵の反乱を鎮圧しました。

ムラト4世は自ら政治を行うようになります。それでもキョセムは会議に出席、権力をすべて手放そうとはしませんでした。

キョセムはムラト4世が弟のイブラヒムを処刑するのを許しませんでした。

ムラト4世はサファビー朝との戦に出た後、病気になり死去しました。ムラト4世には5人の息子がいましたがすべて若い頃に死亡。残ったのは、末弟のイブラヒムでした。

イブラヒム1世の時代

1640年。息子のイブラヒムが即位しました。キョセムは再び母后として権力を手にしました。

イブラヒム1世は精神的に問題があって息子たちを殺したり奇行が目立ったといいます。20世紀の歴史家はイブラヒム1世に「狂王」とあだ名しました。

イブラヒム1世の時代は大宰相ケマンシュ・カラ・ムスタファ・パシャの働きもあって内外ともに安定していました。イブラヒム1世の悪評は政敵や歴史家が悪い面を強調している部分もあるようです。

イブラヒム1世の時代を快く思わなかったのがキョセムです。キョセムはケマンシュ・パシャの勢力が強くなるのが嫌いでした。

1644年。そこで政争の末にケマンシュ・パシャを処刑させました。

有力な味方を失ったイブラヒム1世はヴェネツィアとの戦争でも苦戦。

1646年。ヴェネツィアが行ったダーダネルス海峡を封鎖するとイスタンブールの経済が混乱します。

1647年。キョセムは大宰相サリフ・パシャと共にイブラヒムを退位させようとした。ところが失敗してサリフ・パシャが処刑されます。キョセムは宮廷から追放されました。

1648年。イェニチェリとイスラム長老派が反乱を起こしました。キョセムは彼らを支持しました。反乱軍はイブラヒム1世の息子メフメトに忠誠を誓いました。

メフメト4世の時代

1648年。イブラヒム1世は反乱軍によって退位させられ、6歳のフメト4世が即位しました。その後、イブラヒム1世は殺害されました。

孫のメフメト4世が即位するとキョセムは3回めの摂政になり権力を握りました。こうして幼いメフメト4世の後ろで絶大な権力を持っていたキョセムですが。快く思わない人もいます。

キョセムに対抗しようとする人々はメフメト4世の母のトゥルハン・スルタンのもとに集まるようになりました。

トゥルハン・スルタンの刺客に暗殺される

キョセムはトゥルハン・スルタンが邪魔になりました。キョセムはメフメト4世の弟スレイマンの母の方が扱いやすいと判断しました。

そこでキョセムはメフメト4世の退位とスレイマンの即位を計画します。ところがキョセムの使用人メレキ・ハトゥンがトゥルハンに密告。計画はバレてしまいました。トゥルハンはメフメト4世の廃位を阻止しようと先に動きました。

1651年。キョセムはトゥルハン・スルタンがさしむけた刺客によってハレムの一室で絞殺されました。

TVドラマのキョセムとキャスト

新オスマン外伝・キョセム 2016~17年、トルコ
シーズン1 
少女時代:アナスタシア・ツィリンピウ
大人時代:ベレン・サット

シーズン2
中年・晩年:ヌルギュル・イェシルサイ

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