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ダナ・ナンダはチャンドラグプタに王位を奪われたナンダ朝最後の王

ダナ・ナンダはナンダ朝の最後の王。

ナンダ朝は紀元前4世紀頃にインドのマガダ国を支配した王朝です。

チャーナキアが育てたチャンドラグプタが挙兵すると一度は退けました。

でも最終的には首都を占領され王位を奪われてしまいます。

ナンダ朝は滅亡。チャンドラグプタが王になってマウリア朝が始まりました。

ナンダ朝最後の王になったダナナンダについて紹介します。

目次

ダナナンダの史実

名前:ダナ
地位:ナンダ朝国王
生年:不明
没年:紀元前317年ごろ
父:ウグラセナ(マハーパドマ)
母:不明

配偶者:アミタニータ
子供:息子1人、娘1人

ナンダ朝とは

ナンダ朝は紀元前4世頃の古代インドのマガタ国を支配した王朝。

インド東部にあったマガダ国はいくつかの王家が入れ替わり支配する国でした。マガダ国を統治した最後の王朝がナンダ朝です。

ナンダ王朝の創設者はマハーパドマ(ウグラセナともいいます)。出自のよくわからない人物で、床屋の息子だったともいいます。シュードラという低い身分(カースト)の出身です。

マハーパドマはそれまでマガダ国を支配していたシシュナーガ朝を滅ぼしました。たシシュナーガ朝まではクシャトリアという貴族階級の人たちが王でした。

ポロスなどインドの王たちはほとんどクシャトリアです。

マハーパドマは下剋上して低いカーストから王になった人物です。

マハーパドマには8人の息子がいたといいます。ダナナンダは末っ子でした。マハーパドマの死後、長男スカルパが王位を相続しましたが早死したのかダナナンダが王位を継ぐことになりました。

ギリシャ側の記録

アレクサンドロス3世の遠征があった紀元前4世紀ごろのインドの様子はこのような感じでした。

ナンダ朝はガンジス川流域を支配下に収める大国でした。

インド

紀元前326年。アレクサンドロス3世率いるギリシャ軍がインダス川周辺の国々を征服。ギリシャ軍に破れたポロス王はダナナンダ王のことをアレクサンドロス3世に伝えました。

ギリシャの記録ではダナナンダのことをアグラムと書いています。「ウグラセラの息子」という意味のギリシャ語です。

ポロス王はアレクサンドロスに対して「当時の王(ダナナンダ)は品性下劣で生まれが卑しかったので、人々から憎まれ軽蔑されていた」と伝えました。

ポロスはクシャトリアといわれる貴族階級でしたが、ダナナンダは最下層のカーストの生まれでした。

インド側の記録にあるダナナンダの父がシュードラという低いカースト出身の王だったという表現と一致します。

ダナナンダの国はガンジスの支配者、20万の歩兵、2万の騎兵、2000台の戦車、3000頭の戦像を持っているとされます。どこまで正確な数なのかはわかりませんが。当時のインドでもかなり大きな国だったようです。

ポロス王との戦いで疲弊したギリシャ兵はさらに大きな兵力を持つダナナンダ王との戦いを拒否。アレクサンドロスはインドから撤退することになります。

チャンドラグプタとの戦い

仏教の文献によると。

時期は不明ですが。あるときダナナンダ王は宗教儀式を開催しました。タクシラ大学のバラモンだったチャーナキアもマガダ国を訪れ儀式に出席しようとしましたが、ダナナンダ王はチャーナキアの容姿が醜いと侮辱。式典から追い出すように命令しました。

チャーナキアは怒って王を呪いました。ダナナンダ王はチャーナキアを捉えるように命令しましたが、逃げられてしまいます。しかもダナナンダ王の息子パバダがチャーナキアに味方して出ていってしまいます。

その後、チャーナキアはチャンドラグプタを弟子にして育てました。

パバダはチャンドラグプタに破れ殺害されてしまいます。

チャンドラグプタは兵士を集め軍隊を組織します(小さな傭兵集団だと思われます)。

アレクサンドロスがインドから撤退後。

紀元前324年ごろ。チャンドラグプタは挙兵。首都パタリプトラを目指して進軍してきました。ダナナンダ王は将軍バドラシャーラに鎮圧を命令。マガダ軍はチャンドラグプタ軍を撃退しました。

敗退したチャンドラグプタとチャーナキアは逃亡しました。その後、二人は再び挙兵。今度は周辺の町や村から征服していきました。

紀元前317年ごろ。首都パタリプトラが陥落。チャンドラグプタに捕らえられたダナナンダ王は処刑されてしまいます。ここにナンダ王朝は滅亡。

チャンドラグプタが王になりマウリア王朝が誕生しました。

ジャイナ教の伝説

ジャイナ教にもチャンドラグプタとチャーナキアの言い伝えはありますが少し違います。

首都パタリプトラが陥落後。ダナナンダの娘はチャンドラグプタの妻になりました。伝説では二人は恋に落ちたことになっています。征服者が元王族の娘を妻にするよくある征服者のパターンでしょう。

ダナナンダ王は命は助けられました。持てるだけの財産を持って亡命することが許されました。

その後、ダナナンダがどうなったのかはわかりません。

どの言い伝えでもダナナンダはナンダ朝の最後の王。チャーナキアとチャンドラグプタによって首都が占領され王位を失います。そしてナンダ朝が滅亡。

新しいマウリア王朝が始まります。

そのためどの言い伝えでも悪い王として描かれています。

インドで最大の勢力をもっていたナンダ朝でしたが。新興勢力のチャンドラグプタに敗れるあたりは国内にも問題があったのでしょう。

横暴な性格のため人望がなく、チャンドラグプタの勢いが大きくなるとそちらに人々の支持が移ってしまったのかも知れません。

TVドラマのダナナンダ王

ポロス 2018年、インド 演:サウラブ・ラージ・ジェイン(Saurabh Raj Jain)

チャンドラグプタ・マウリア  2019年、インド 演:サウラブ・ラージ・ジェイン

インドのドラマ「ポロス」と「チャンドラグプタ・マウリア」は連続しています。ダナナンダ王は同じ人が演じました。

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