オスマン帝国外伝・愛と欲望のハレム・シーズン4にはアトマジャが登場します。
アトマジャはムスタファ皇子やミフリュニーサを守るために戦ったり、情報を集めたり、伝令になったり。様々な活動をしています。
アトマジャを動かしているのはピリー・レイスというムスタファ派の重臣。
アトマジャは仲間のヤヴズとともにムスタファ皇子のために活動しますが。彼らの活動も虚しくムスタファ皇子は処刑されてしまいます。その後は、ムスタファ皇子の遺言でバヤジト皇子を助けて活動しました。
そしてリュステム・パシャへの復讐も行います。
ドラマに登場するアトマジャとどのモデルになった人たちについて紹介します。
オスマン帝国外伝のアトマジャ
本名はトゥラハノグル・トゥグリル・ベイ(Turahanoğlu Turgul Bey)
ベイ(Bey)はある程度地位のある男性につける敬称。もとは地方の領主の意味なのでそれなりに名門の出身だと思われます。
トゥラハン家(Turahanoğlu)のトゥグリル(Tuğrul)がアトマジャの正式な名前。
アトマジャ(Atmaca)は通称。
アトマジャ(Atmaca)はトルコ語で「鷹」の意味です。
ドラマ「オスマン帝国外伝シーズン4」のオープニングでアトマジャが登場する場面に鷹が飛んでくる姿が映っています。鷹の映像そのものはシーズン3で使われたのと同じ。勇猛さの象徴として表現されているように見えます。でもシーズン4ではアトマジャ本人も表現しているのかもしれません。
アトマジャがいつどこで生まれたのかはわかりません。
アキンジ(非正規兵)として暮らしていたようです。
いつのころからかイスタンブールにやってきてピリー・レイスの組織の一員になりました。アトマジャはそこでアヴズ(Yavuz)と友人になりました。
アトマジャには何人かの強盗によって殺害された妻と息子がいました。
ムスタファ皇子に仕える
ピリー・レイスの組織は陰からムスタファ皇子を支持していました。アトマジャとヤヴズはピリー・レイスの命令でフズル提督のもとに送られ、フズル提督やミュフルニーサに従っていました。
アトマジャはフズル提督の推薦でムスタファ皇子に仕え。太刀持ちになりました。実際にはムスタファに仕え長もピリー・レイスの命令を実行しています。
ある時。アトマジャはピリー・レイスからミフリュニーサの殺害を命じられました。アトマジャは悩みましたが殺害を実行しようとしました。でもミフリュニーサが妊娠しているのを知り、殺害をやめました。ミフリュニーサは彼を許し、ムスタファにも言いませんでした。
任務中にリュステムに捉えられてしまい拷問にかけられましたが。秘密をバラすことはありませんでした。でもムスタファ皇子の側近タシュルジャルに疑われてしまいます。結局、アトマジャは自分がピリー・レイスの命令で動いていることをムスタファ皇子にうちあけました。
アトマジャはイラン遠征に反対するジャファーを殺害しました。そしてジャファーの息子ユスフを自分の養子として引き取って育てました。ムスタファはそれを認めているようです。
その後。ムスタファ皇子は、ヒュッレム妃やリュステム・パシャの陰謀によってイランのシャー・タフマースブと内通して謀反を起こそうとしている
アトマジャは、ミフリュニーサたちとともにムスタファ皇子が殺される前に皇帝スレイマンを退位させようとしました。アトマジャはイェニチェリを先導して反乱を起こさせようとしました。
しかしムスタファ皇子の処刑を止めることはできませんでした。ムスタファ皇子はアトマジャに自分の死後はバヤジト皇子を助けるように頼みます。
その後、リュステム・パシャの刺客に襲われ倒れました。誰もがアトマジャは死んだと思いました。でもアトマジャは生きていました。
ムスタファ皇子の死後はバヤジト皇子に仕える
アトマジャはムスタファ皇子の仇をとるためリュステムを狙います。リュステムの弟シナンを人質にとりリュステムを脅迫。リュステムの目の前でシナンを殺害。
セリムとヌールーバーヌーがバヤジトの宮殿に送り込んだ側女がバヤジトを毒殺しようとしたことがありましたが。アトマジャは毒殺からバヤジトを守りました。
しかしバヤジトはセリムとの後継者争いに敗れイランに亡命。
アトマジャの最期
バヤジトは自分を裏切ったリュステムを殺害するようアトマジャに命令しました。
アトマジャはリュステムを殺害するために彼の屋敷に侵入、ミフリマーフの助けを借りてリュステムを殺害。ムスタファ皇子の仇を取りました。
しかしアトマジャもこの戦いで負傷。その傷がもとでやがてアトマジャも息を引き取ります。
アトマジャのモデル?
アキンジを率いる名門トゥラハン家
アトマジャは架空の人物ですが。
アトマジャの出身一族のトゥラハン家(Turahanoğlu)は実在します。
トゥラハン家はトルコ人と祖先が同じユルク族の出身。ユルク族はアナトリアや一部がバルカン半島で暮らしていました。ギリシャ北部で暮らしていたユルクの一族がオスマン帝国に服従して仕えるようになりました。
オスマン帝国は領土を拡大していく途中で服従した地元の豪族を配下にしました。オスマン帝国に服従を誓いさえすれば、半分独立した形での活動を認めていました。ヨーロッパ側のオスマン帝国にはそうして半分独立した形の豪族がいくつもいました。
アキンジとは
彼らはアキンジ(非正規兵)と呼ばれる戦闘集団を率いてオスマン帝国の戦争に参加していました。アキンジの主な役割は国境付近で偵察したり、ゲリラ活動をして敵対国にダメージを与えることです。アキンジは戦争に参加してもオスマン帝国から給料は出ません。そのかわり略奪したものは自分のものにしていい。という特権を与えられていました。アキンジは略奪目的で戦争に参加します。
と書くとひどいように思えますが(事実被害にあったほうはたまったものではありません)。この時代はヨーロッパや中東、アジアでも略奪は当たり前のように行われていました。
アキンジを率いる豪族にはいくつもの一族がいました。有名なのはヨーロッパ系のマルコチョール家。エヴノス家。それとトルコ系のトゥラハン家です。
ドラマではマルコチョール・バリ・ベイが「アトマジャとはかつて一緒に戦ったことがある」とムスタファに手紙で報告しています。マルコチョール家とトゥラハン家はどちらもアキンジを率いて最前線で戦う名門の一族。戦場で一緒になっても不思議ではありません。
アトマジャはトゥラハン家を継いでいるのではなく、独立して自分の家をもっていました。一族には違いないけれど本家でないのかもしれません。アトマジャの家族は盗賊に襲われて亡くなっています。アトマジャ自身もアキンジとして戦場で生きていたようです。
アトマジャ(トゥラハノグル・トゥグリル・ベイ)は架空の人物です。でもアトマジャの一族トゥラハン家は実在しました。そしてトゥラハン家のもとで戦ったアキンジ(非正規兵)をモデルにしたがアトマジャといえそうです。
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