フィダン・ハトゥンはオスマン帝国の女官。
ドラマ「オスマン帝国外伝・愛と欲望のハレム」に登場します。
最初はギュルとともに活動していましたが、後に反ヒュッレムになり。マヒデブランに仕えました。
登場回数が多い割にあまり重要な役どころではなく、妃に仕える侍女的な立場で登場しています。そのため架空の人物かとおもいがちですが。
実は実在の人物で、歴史上もマヒデブランに仕えていた人物です。
フィダン・ハトゥンについて紹介します。
フィダン・ハトゥンの史実
名前:フィダン(Fidan)
地位:
生年:不明
没年:不明
父:不明
母:不明
歴史上、マヒデブランにフィダンという侍女が仕えていたことはわかっていますが。生年・死亡年・家族など、詳しいことはわかっていません。
ムスタファが処刑されたあとも、マヒデブランとともに暮らしました。マヒデブランは宮殿を追い出され侍女とともに貧しい生活をしていました。そのときに仕えていた人物の一人のようです。
フィダンは死後、マヒデブランの希望でブルサにあるムスタファ皇子の墓に埋葬されました。生前はムスタファとなんらかのつながりがあったのかもしれません。
マヒデブランは1581年に死亡しています。マヒデブランが墓を手配したということはフィダンは1581年より前に死亡していることになりますね。
ドラマのフィダン・ハトゥン
ドラマ「オスマン帝国外伝」シーズン2~4に登場するフィダンを紹介します。
フィダン・ハトゥンは最初エディルネ宮殿で働いていました。そこで宦官のギュル・アガと出会います。その後、トプガプ宮殿に異動。
ギュル・アガの手下になってスンビュル・アガを罠にはめます。
ギュルに信頼されたフィダン・ハトゥンはヒュッレムに仕えるようになります。
しかし母后ハフサ・アイシェが仕組んだ騒動で、ハレムがヒュッレム派と反ヒュッレム派に分裂すると反ヒュッレム派になりました。
ファトマ・ハトゥンとともに他の側女達たちをたきつけヒュッレムに反乱をおこしました。フィダンとファトマたちはヒュッレムの部屋に押しかけて、火を付けました。この火事でヒュッレムは火傷を負います。
この事件が原因で、フィダンとファトマは宮殿を追い出されます。
母后が倒れた後、マヒデブランがハレムの実権を握るとフィダンとファトマもトプカプ宮殿に戻ってきました。以後、フィダンとファトマはマヒデブランの配下になりました。ムスタファの気をひこうとするファトマに対して、フィダンはマヒデブランに忠実に仕えます。
マヒデブランがマニサに異動すると一緒についていきました。ファトマはマニサのハレムで女官として仕えます。マヒデブランが頼りにするに予感になりました。
シーズン4ではムスタファが処刑された後は、マヒデブランと一緒にブルサの宮殿で暮らしました。
ほとんど名前しか記録がありません。どのような人物だったのかわからないことが多いので、ドラマで描かれるフィダンの姿はほとんど作り話です。
でもマヒデブランにはフィダンという女性が仕えていたというのは事実のようです。
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